
若尾 裕二(YWCトレードロジック事業部)と申します。
相場歴は35年目、大学を卒業してから16年間勤務した会社を辞めて、起業独立してから20年目(2026年1月現在)を迎えた現役の投資家・投機家・トレーダーです。
投資や投機は夢が膨らむ機会でもありますが、その反面、お金を失うリスクが常に隣り合わせです。
そのため、上手くいかず、思ったような利益を得られず、夜も眠れないほどの悩みや問題を抱えている人たちを何人も見てきました。
僕自身もここに至るまでに、実にいろんなことがありました。負け続けて損を繰り返し、夜も眠れぬほどの不安や悩みがありました。特に投資を始めてから最初の9年間は散々な結果でした。
「どうやればお金が増やせるのか? 」 そんなことをいつも考え続けていました。決して順風満帆な道のりではありませんでした。でも、悩みを解決したことで不安は消え去りました。
なので、昔の僕と同じように、投資や投機で夜も眠れぬほどの不安や悩みを抱えている人たちのお役に立ちたい。そういう想いがきっかけになって、今のこの活動を始めました。
僕が投資を始めたのは、1991年(平成3年)の6月からでした。最初は株式投資から始めました。始めたきっかけは、新卒で就職した会社の「社員持ち株会」に参加したことでした。
就職候補先として選んだ会社には、金融関連の会社はひとつもありませんでした。当時の僕には投資に関する知識は何もありませんでした。でも、就職してからすぐに自社株を買って、株式投資を始めることになりました。
まさか、その当時は僕の人生の中で、投資や投機がドドーンと中核を成すとは思いもしませんでした。ですが、今では投資や投機で得たお金で生活をしています。更には投資や投機を教えるまでの立場になりました。
その直接的な理由は「9年間ダメだった経験を乗り越えて、そして投資や投機で生活ができるようになったから」です。なので、投資家・投機家として生きていこうと心に決めました。それで、16年間勤めた会社を2007年に退社したのです。
正式に会社を辞めたのは、2007年4月30日でした。その半年前の2006年12月21日に創業を果たしました。それから約4年後の2011年2月に、「魔法のライン」という教材をヤフオクで初めて販売しました。そして、それからもひとつずつ教材を作り続けてきて今に至ります。

主にブログとメルマガを中心にして情報を提供しています。YouTubeやFacebook、Xやインスタグラムでの情報提供しています。ですが、情報提供の中心はSNSではなくブログやメルマガです。
インターネットの世界ではよくあるように、顔も出さず名前も公表せずに、ハンドルネームだけで活動するという選択肢もありました。ですが、僕自身はこれまでもずっと顔を出して、本名を名乗りながら活動を続けてきました。
その理由は、僕自身が人を信用するまで時間が掛かる疑い深い人間だからです。なので、最初から堂々と顔を出して名乗り出ようと考えました。
まれに「どれだけ稼いでいるんですか?」というようなご質問をいただくことがあります。でも、そのご質問に金額を持ってお答えすることはありません。なぜなら、僕の実績を見せても、あなたの儲けを増やすことができないからです。
大変おこがましいのですが、僕とあなたでは、当然ながら運用している資金額に違いがあります。他にも、トレードの知識やスキルや経験値がまったく違います。だから僕の実績をアピールしても、それはあなたを儲けさせる理由にはなりません。
なので、他社様のように口座のキャプチャ画像を貼り付けて見せびらかすようなアピールは控えています。でも、その代わりにブログでは、あるトレード手法で取引した取引結果を毎週土曜日18時に掲載しています。
いつエントリーして、いつ決済して、どれくらいの値幅を利益にしているのか? 勝率はどれくらいなのか? そのことを公開しています。リアルな取引成績です。
2011年5月16日からずっと、勝ったトレードも負けたトレードもすべて包み隠さずに公開してきました。その結果を見ていただければ、少しは信用してもらえるのではないか? そう考えて、2011年5月16日から継続しています。
「今日初めて存在を知った人間の発信している情報なんか信じることができない!」
そう思うことは不思議なことではありません。僕もそっち側の人間なので、そういうお気持ちはよく分かります。なので、さらに細かい経歴を綴っています。興味があれば、この先もお読みください。

【YWCトレードロジック事業部主催 少人数限定宿泊セミナー in 静岡】
平成3年3月に日本大学商学部商業学科を卒業しました。そして4月に、当時東証一部上場企業の大手電機メーカーに就職しました。大学では商いを学ぶ学部に通い、主に商品の流通に関すること、マーケティングや販売戦略などについて学びました。
そのため就職した会社では、予想していた通り営業部門に配属されました。配属が決まるまでの入社後3か月間は研修ばかりの日々でした。大阪から天理、天理から東京へ、東京からまた大阪へなどと各地を転々としていました。
ちょうどその研修期間中に、その後の僕の人生を決める大きな出会いがありました。説明会で「社員持ち株制度」というものを紹介されたのです。毎月決まった金額とボーナス時には毎月の3倍の金額で、自社の株を買って小口株主になるという制度でした。
その当時はバブル崩壊時と重なる頃でした。そのため「下がった株価はいずれ上がるだろうから、安いときに買って持ち続けておけばいい。そうすれば、将来的には利益がかなり乗るだろう」 そういう話に心を動かされたのです。
そして、社員持ち株会へ参加を決めたことで、僕の人生の舵は投資家へと導かれることになりました。
当時の僕は、株式投資などにはまったく興味がありませんでした。でも、持っておけばお金が増えるというその言葉に魅力を感じました。だから「社員持ち株制度に参加をすることにした」のです。それが、僕が投資の世界に足を踏み入れるきっかけになった出来事でした。
ちなみに、僕が入社した会社の株式は、当時は1,000株単位での売買が基本でした。なので、当時の株価からすれば、最低でも200万円ほどの資金がなければ買えませんでした。ですが、社員持ち株制度は月々1万円からの少額での投資が可能だったのです。
月に1万円だけという少額からのスタートでした。でも、少額投資でも自社の株価の値動きは、毎日気になって気になって仕方がありませんでした。だから、僕は必然的に投資に興味を持ち始めたのです。それからは日々チャートを前にして格闘する日々が始まったのです。
それからの僕は、毎朝朝刊に掲載される株価の四本値を使って、手書きで方眼紙に日々ロウソク足を書くことを続けていきました。今の時代には信じられないことかもしれません。当時はパソコンもインターネットも普及していない時代だったからです。
今のように「自宅に居ながらパソコンを目の前にして、誰でも家で取引が出来る時代」が来るなんて想像もしていませんでした。
僕は株式投資にのめり込みました。ですが、仕事は仕事です。だから、仕事もちゃんとやっていました。

正直に心の中を打ち明けます。仕事は仕事でちゃんとやっていました。営業マンとして取引先を訪問して、自社の電気製品を売る仕事でした。でも、その仕事は好きではありませんでした。
休日でも取引先から携帯電話が掛かってくる。その携帯電話に出なければ「なんで客の俺たちが仕事しているのに、お前は休んでいるんだ」 そんな嫌味を言われました。だから、そう言われるのがイヤで、携帯電話には休日でも対応していました。
長男がまだ生まれる前、妻と那須に一泊で旅行に行きました。その時にも取引先から携帯電話が掛かってきて対応しました。でも、その時の妻の一言が忘れられません。
「ねぇ、旅行の時くらい電話に出るのやめられないの?」
その言葉を聞いて、僕は会社を辞めて独立起業する夢を見始めました。そして、忠実な営業マンとしての本社表彰を受けてから、わずか2年もしないうちに、、、
「僕は投資家・投機家として生きていくために、会社を辞めることにした」のです。あの妻の一言から11年が経過していました。親しい人たちすべてから猛反対をされた退職と起業でした。でも、ついに念願を叶えた瞬間でもありました。
僕が会社を辞めて、まず最初にやったことは、当時保有していた株を売り払うことでした。投資家と生きていくためには、まずは生活するお金も必要でした。そして、投資や投機の元手が必要でした。そのために、まずはレバレッジが利くFXを主戦場として取り組むことに決めたのです。
独立する前の2004年らFXは始めていました。でも、もっと投資や投機で稼がなくちゃいけない。だから、最初はレバレッジが効くFXから始めることにしました。でもさすがに、最初から順風満帆とはいきませんでした。
特に最初は生活リズムも変わったこともあったせいか、トレードのパフォーマンスはひどいものでした。「稼がなくちゃ!」という気持ちばかりが先走りました。その気持ちのせいなのか、、、 それまで上手くやれていたことが嘘のように連敗続きの日々でした。
しかも、会社を辞めて社会的な地位もなくなっていました。世間から見たら無職と変わらないような生活です。何にしても当時のことは、あまり思い出したくない時代の話です。まさに暗黒時代が始まったかのような感じでした。
でも、勤めていた会社を辞めてしまったからには、投資や投機で稼ぐしか生きていく道は残されていませんでした。だから、苦しくてしんどくても・・・ 歯を食いしばってでも耐え忍んで乗り越えるしか道は残されていませんでした。
それからもしばらくは、朝起きてから夜寝る前までパソコンの画面とにらめっこをする日々でした。食事をするのもパソコンの前でした。そのことで妻にはよく怒られました。
もうすでにトレードをご経験されているなら百も承知のことでしょう。それは、トレードで勝ち続けるためには、知識やスキルだけではダメだということです。
欲望がひしめき合う相場の世界はある意味、心理戦を仕掛けられているような錯覚にも陥るくらいです。やればやるほど心の振れ幅が大きくなるものです。
だから、僕には知識やスキルはもちろんですが、もっと多くの経験を積む必要がありました。なので、僕は投資心理を鍛えるために、アメリカNLP協会認定資格のNLPプラクティショナーを取得することを決意しました。

投資書籍出版で有名なパンローリング社から「NLPトレーディング 投資心理を鍛える究極トレーニング(エイドリアン・ラリス・トグライ著)」という書籍が出版されています。だから、NLPを学んだことは間違いではありませんでした。
そんなふうに、トレードに役立つだろうと思えることは、次から次へといろいろ吸収をしてきました。そして創業してから、あっという間に月日は、5年・10年・15年と過ぎ去っていきました。
僕のように投資や投機を教える事業を営んでいると「自分が稼げていないから教材を押しつけようとしてるんじゃないか!」「稼げる方法をどうして他人にわざわざ教える必要があるのか!」 そうよく言われることがあります。
でも、お言葉を返すようで恐縮ですが、、、 少なくともそのように考えてしまうなら、何をやっても大成することはできないと思います。もし世の中がそのような人たちばかりだとしたら、過去からこの世界はここまで発展をしてくることはなかったでしょう。
だから、僕は世の中に貢献するために、僕のことを信じてくれる人のために、、、 そして、僕自身がこの世に生きた証や足跡を残すために、、、 投資や投機を通じて人を育てていきたい。そのような強い想いがあるから、投資や投機を教える事業を始めて、そして20年以上続けてきました。
そのことで、ひとりでも多くの人たちが笑顔で生きてくれたら嬉しい。だからこそ、「安心・信頼できるFXトレードのやり方で、日本中に明るい笑顔で生きる人々を、ひとりでも多く増やしていく」 その経営理念を掲げて投資教育事業を続けています。

世の中に貢献したい。社会に貢献したい。ひとりでも多くの人を笑顔にしたい。明るく活力をもって生きる人をひとりでも多く増やしたい。後世にまで伝わるものを残したい。
そういう強い想いを胸に秘めた人たちがいたからこそ、今の世の中があるのではないでしょうか? そして、その強い想いを胸に秘めて生きている人は、今の時代にもこの世界中にいるのです。
もちろん、僕自身もそのように考える人たちの中のひとりです。その強い想いを込めて日々の情報提供に励んでいます。「この人は間違いなくそっち側の人間だ!」 そう感じてくれる人だけが、僕からの情報を受け取ってくれればいい。僕は心の底からそう思っています。
「どこの馬の骨とも分からない人の情報なんて信じられない」 そう思う人もたくさんいるでしょう。僕自身がそういうタイプの人間なので、長々と僕自身のこと、そして僕の想いを綴りました。ぜひ、あなたも大きな希望を持って生きてください。
YWCトレードロジック事業部 若尾 裕二
(楽曲所有権:YWCトレードロジック事業部 若尾 裕二)
もしも、今まで読んだ投資本の中で、たった一冊だけしか手元に残すことが許されないとしたなら、僕は迷いなくこの本を選びます…