心が震える『リアル成功ストーリー』

目安時間:約 11分

いつもお世話になります。

YWCトレードロジック事業部の若尾 裕二です。

 

 

今日は僕のお気に入りの話を
ひとつあなたにお伝えしたいと思います。

 

 

それは冬になると毎年のように
僕の頭に思い浮かぶ真実の物語です。

 

 

ダン・ジャンセンという人物の名前を
あなたは聞いた覚えはあるでしょうか?

 

 

僕と年代が近い人で、
スポーツに関心がある人であれば
おそらく耳にしたことのある名前のはずです。

 

 

ダン・ジャンセンは世界的に有名な
短距離スピードスケーターでした。

 

 

500mや1000mを得意としていて
今の時代で言えば男女の違いはありますが

 

平昌五輪金メダリストの小平奈緒さんのような
圧倒的な実力を備えた名スケーターでした。

 

 

ジャンセンは1988年のカルガリー五輪では
500mと1000mともに金メダリストの
最有力候補だと言われていました。

 

 

でも、悲劇が起こりました。

 

 

ジャンセンの実の姉が、
500mの競技が始まる数時間前に
白血病で帰らぬ人となってしまいました。

 

 

その事実を知らされたジャンセンは
動揺したまま500mのレースに挑んだのですが
転倒してマットに衝突をしてしまいました。

 

 

金メダリスト最有力候補のまさかの転倒に
世界中の人たちが目を疑いました。

 

 

そして、数日後に行われた1000mでも、、、

 

 

またしても転倒してしまい
金メダル最有力候補だった五輪で
2種目ともに記録なしで惨敗してしまったのです。

 

 

でも、ジャンセンの挑戦は終わりませんでした。

 

 

悪夢のようなカルガリー五輪が終わって
3年という月日が流れた頃です。

 

 

当時は500mで36秒の壁を破ることは
多くの人に不可能だと考えられていました。

 

 

でも、「不可能」という言葉に対する疑念を
ジャンセンは自ら振り払うために
日記の上にあることを書き始めたのです。

 

 

 

 

 

35秒99

 

 

 

 

 

そして、数日後には500mよりも
苦手意識が大きかった1000mについても
日記の一番上に書き加えるようになりました。

 

 

 

 

 

僕は1000mが好きだ

 

 

 

 

 

そう日記に書き続けるようになり
2年後の1993年に遂にその時は訪れました。

 

 

1993年12月4日にジャンセンは人類で初めて
500mを35秒台で走り抜けたのです。

 

 

そして、その勢いは止まらずに
その翌月も更に自らの世界記録を
更新したのです。

 

 

翌1994年のリレハンメル五輪に
ジャンセンは再び挑戦をしました。

 

 

絶対的な強さを誇って挑んだ
あのカルガリー五輪から6年たっており

 

ジャンセンにとっては4回目の五輪で
これが最後の挑戦でした。

 

 

でも、ジャンセンは得意の500mで
まさかの8位に終わってしまいました。

 

 

圧倒的な実力を兼ね備えながらも
五輪ではメダルからは見放されていて

 

当時は悲運のスケーターとして
世界中に報じられていたのです。

 

 

そして、ジャンセンの最後の五輪で
残すは1000mのレースのみになりました。

 

 

そのシーズンのジャンセンは
1000mでは精彩に欠けたレースばかりだったので

 

「五輪無冠の帝王」という不名誉な称号を
一生涯に渡り背負い続けるところまで
もはや追い詰められていたのでした。

 

 

案の定、1000mのレースが始まると
ジャンセンにはもはや誰も
注目をしなくなりました。

 

 

なぜなら、第一組で滑った選手が
いきなり当時のオリンピックレコードを
記録してしまったのです。

 

 

そして、誰もその記録を破れないまま
いよいよジャンセンの出番が回ってきました。

 

 

ジャンセンの五輪最後のレースです。

 

 

でも、もはやジャンセンの金メダル獲得は
誰の目からも絶望的だと思われていました。

 

 

でも、レースが始まり何かが違う。

 

 

ジャンセンは序盤から快調に飛ばしました。

 

 

ジャンセンの悲運を知る観客席からは
割れんばかりの歓声が沸き起こり
ジャンセンを観客も後押ししたのです。

 

 

でも、カーブでバランスを崩してしまい
手を付いてしまうミスを犯しました。

 

 

バランスを崩しながらも
手を付いて転倒しないように
必死にこらえるジャンセン、、、。

 

 

観客たちの歓声は悲鳴に変わり、
誰もがジャンセンのメダル獲得はなくなったと
そう感じたのです。

 

 

これが当時の映像です。

 

 

https://youtu.be/cr4i6jRMNjo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、ジャンセンはあきらめませんでした。

 

 

最後まで諦めず完走したジャンセンは、
この最後の五輪、最後のレースの土壇場で
1分12秒43の世界新記録を樹立したのです。

 

 

あきらめずに最後まで戦い抜いたジャンセンは
最後の最後で素晴らしいパフォーマンスを発揮して、
ついに悲願のオリンピック金メダルを獲得しました。

 

 

ダン・ジャンセンは僕が慕う英雄のひとりです。

 

 

ジャンセンは実の姉を白血病で亡くしたので
引退後には白血病克服のための
ダン・ジャンセン財団を運営しています。

 

 

さて、僕はなぜこのような話を
あなたにお伝えしたのでしょうか?

 

 

その理由は、あなたも夢を描いて
あきらめずに挑戦し続けて欲しいからです。

 

 

完璧じゃなくたって構わない。

 

 

ただ絶対にあきらめない気持ちとともに
最後まで粘り強くやり抜くこと。

 

 

ジャンセンの最後のレースも
完璧なレースではありませんでした。

 

 

でも、最後まであきらめずに
粘り強く力を出し切って滑り抜きました。

 

 

ジャンセンの真実の物語は
そのことを教えてくれる真実の物語です。

 

 

だから、あなたにもぜひ挑戦する心を忘れずに
夢の実現に向かって挑んで頂きたいのです。

 

 

その選択肢のひとつはここに用意しました。
本日からご参加いただくことは可能です。

 

 

 

それでは、今後とも

どうぞよろしくお願い致します。

 

 

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